翻訳通訳学において「等価」という概念は非常に重要です。等価は翻訳学の根幹とも言える概念ですが、聞いたことはあるでしょうか?
簡単に言うと、翻訳を行う際に「原文と訳文の価値を等しくする行為、またはその概念」が等価 (equivalence)です。
この定義だけではよくわかりませんね。もう少し詳しく見ていきましょう。
言葉の「価値」
二言語の価値を等しくすることを等価と言いますが、この「価値」とは一体何でしょうか?
ここには大きく分けて「形式」「指示内容」「機能」が含まれています。
形式
言葉の「形式」は、その構造を指します。例えば、原文が二つの単語である場合、訳文が二つの単語であれば「形式」の等価が成り立ちますし、”This street leads you to the station.”を「この道があなたをその駅まで導く。」と文法の構造をそのままに訳すことも、ある種の「形式」における等価と言えるでしょう。
指示内容
「指示内容」は、その言葉が指す事柄のことを言います。「金曜日」という言葉は「土曜日の前日」で「一週間の一日」を指しています。この「金曜日」が指すものを訳文でも表現できれば、その訳文は「指示内容」を等価している、と言えます。
機能
言葉の「機能」のわかりやすい例は挨拶です。例えば「おはよう」という発話は「コミュニケーションを円滑にする機能」などを備えています。「あなたは起きるのが早いですね」という自分の意図を伝えるために日常的に「おはよう」とは言いませんよね。
これらの価値を原文と訳文で等しく表現することが「等価」であり、文化間における言葉の差異や書き手・話し手の意図・文脈などによって決定されるのです。
形式的等価と動的等価
聖書学者のナイダ (Eugene Nida)は等価を形式的なものと動的なものに分類したことで有名です。
形式的等価 (formal equivalence)とは、「原文の形式をそのままに原文よりに訳文に残すこと」を指します。対して、動的等価 (dynamic equivalence)は「原文の要素を受容者が馴染みやすいよう訳文よりに訳すこと」です。
「13日の金曜日」という言葉を例に挙げてみましょう。
13日の金曜日は”Friday 13th”と訳して良いのか?
英語圏で「13日の金曜日」は縁起の悪い日であることは有名ですね。鉈?を担いだ殺人鬼の映画を思いだします。
さて、英語の”Friday 13th”をスペイン語に訳せと言われたらあなたはどう訳しますか?
「13日の金曜日」でいいんじゃない?と思う方もいるでしょうが、ちょっと待ってください。
「13日の金曜日」という言葉がスペイン文化でどのような意味合いを持つのか、少し立ち止まって考える必要があります。スペインでも13日の金曜日は縁起の悪い日…と思いきや、実は金曜日ではなくて火曜日だったのです。これは重要な発見ですね。
さらに、この言葉がどのように使われたのか、書き手の意図や文脈についてもすこし目を向けてみましょう。”Friday 13th”という言葉をどのような意図で用いたのかによって訳文が大きく異なるかもしれません。
もしも、単なる日付でたまたま「13日の金曜日」ならば、スペイン語でも「金曜日」と訳しても問題ないでしょう。この場合、”Friday 13th”に恐怖を煽るような「機能」はないので、「指示内容」である日付 (金曜日の13日)を等価できれば良いのです。この等価がナイダの「形式的等価」に当たります。
しかし、不穏な空気を漂わせるために”Friday 13th”を書き手が用いたとしたらどうでしょうか?
そのまま「13日の金曜日」としては、まずい気がします。スペイン文化で「13日の金曜日」が上記の「機能」を持っているとは限らないからです。ここは原文と同様の機能を果たすために「火曜日」と訳した方が良さそうですね。これは訳文を受容する文化に合わせた等価なので「動的等価」と言えるでしょう。
まとめ
- 等価の「価値」とは言葉の「形式」「指示内容」「機能」などが含まれており、それらを訳文でも等しく表現することを「等価」と呼ぶ。
- 等価には原文よりの「形式的等価」と訳文よりの「動的等価」がある。
ゆうすけ
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