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あなたの訳はどんな訳? – 7つの翻訳方略を覗く

この記事の概要
本稿ではヴィネイとダルベルネの「一般的翻訳方略」を紹介します。方略は直接と間接に分けられ、「隷属」と「選択」、2つのパラメータがあります。また、語彙・統語構造・メッセージの3つのレベルで作用します。

ひとえに「翻訳をする」といっても、学校の文法訳読法(GTM: Grammar Translation Method)のようなものから原文の構造を変えたりしばしば字幕で見られる言外の意味を訳す意訳のように、その手法は様々です。
本稿では、そのような翻訳時に採られる方略や手順を研究したヴィネイとダルベルネの古典的モデル「一般的翻訳方略」の7つの方略を、例を交えつつ紹介したいと思います。

一般的翻訳方略

ヴィネイとダルベルネ(1958)1)Vinay, J. P. & J. Darbelnet. (1958/1995, 2nd edition 1977) Comparative Stylitics of French and English: A Methodology for Translation, translated and edited by. Sager, andはフランスと英語の比較文体的分析を行い、両言語の違いを挙げて、様々な翻訳の方略と手順を明らかにしました。原著はフランス語で書かれていて入手困難ですが、英語訳の改訂版が37年後の1995年に出版されており、翻訳学分野でもひろく読まれています。

比較文体分析
いろいろと種類はありますが、ここでは言語間の比較・考察によって各言語の特徴を発見し、記述するものを指します。

彼らは翻訳の手順として、7つの方略を挙げています。ここでの手順は実際に翻訳者が翻訳するのを見たわけではなく、プロダクト分析の結果から述べられている点には注意です。7つの方略は、「直接的翻訳」と「間接的翻訳」に分けられます。以下の一覧表はヴィネイとダルベルネの方略をもとに筆者がまとめたものですが、これを参考に、それぞれの方略について見ていきましょう。

一般的翻訳方略の7つの方略と2つのパラメータ

原文を保つ直接的翻訳

まずは直接的翻訳です。こちらは起点言語を保ったままの翻訳が中心です。

(1)「借用」は原文(の音)を保ったまま目標言語で使用する方略を指します。表の「寿司」が「sushi」と記述されるものや、フランス語表記をそのまま英語で使用する場合のように、表記を起点言語のまま保つものもあります。

また、日英ではあまり頻繁には見られませんが借用の特殊なタイプとして分類される(2)「語義借用」は起点言語の表現や構造を残したまま直訳するものを指します。英語の「Friday the 13th」が「13日の金曜日」と(英語での文化的要素を知らなければ日本語だけ見ても意味がわからないが)直訳されるような場合を指します。

これら2つの(1)借用と(2)語義借用の方略は特に、起点言語が独自に持つ概念や文化、知識などを目標文化において維持したい時に(外来語として)用いられます。

そして、同じ系統と文化に属する言語間(e.g. 英語とスペイン語)では最も一般的な方略が(3)直訳です。表の「I ate an apple」を「私はりんごを食べました」のように逐語訳することを指します。ヴィネイとダルベルネは直訳を「よい処方箋」(=適当な解決策)としていますが、直訳が不可能なとき、例えば直訳すると原文と違う意味になるときには、「間接的翻訳」を行うとしています。

 

意訳へ近づく間接的翻訳

直訳ができない際に行う間接的翻訳には4つの方略があります。

(4)「転位」はその中でも、翻訳者が行う最も一般的な構造的変更と考えられていて、例えば起点言語では「beauty」と名詞だったものを目標言語では形容詞として「美しい」と訳すようなものを指します。

(3)「直訳」や(4)「転位」を行い文法的に正しい翻訳結果であっても、目標言語では不適切で慣用から外れ、ぎこちないとみなされる場合には (5)「調整」を行います。「調整」では起点言語の意味と視点を変えることで、目標言語の翻訳結果におけるぎこちなさを取り除きます。これには後述する「隷属」と「選択」という2つのレベルがありますが、表のような「〜not difficult(難しくない)」を「簡単」とするようなものも例にあたります。

(6)「等価」は、前に紹介したような一般的に広まっている「等価」とは少し異なった範囲で用いられています。ヴィネイとダルベルネが指した「等価」は、起点言語と目標言語が同一の状況を異なった文体的・構造的手段によって表す時に用いられ、イディオムやことわざを翻訳する際に特に役立つ手法とされています。

等価は言葉の価値を築きなおすこと―翻訳等価論

起点文化のある状況が目標文化においては存在しない場合には(7)「翻案」を適用し、文化的言及対象を変えます。例えば、イギリスでは「クリケット」を一般的かつ最も人気のあるスポーツとして記述されていますが、日本のの文化において「クリケット」は殆ど知られていないスポーツであった場合、その文化で人気のある「サッカー」に、翻訳結果を置き換えることで、「一般的かつ最も人気のあるスポーツ」という印象を保持します。

ServitudeかOptionか

ヴィネイとダルベルネは(3)転位と(4)調整において、重要なパラメータである「隷属(Servitude)」と「選択(Option)」を設けています。「隷属」は2つの言語体系の違いによる「義務的な」転位と調整を指し、「選択」は「翻訳者自身のスタイルと選好」による非義務的な変更を指します。そして、彼らは「選択」こそ翻訳者の主要な関心事であるべきと強調し、翻訳者の役割は「使える選択肢の中から選択して、メッセージのニュアンスを表現すること」だと述べています。(プロの)翻訳者はServitudeではなくてOptionのレベルで翻訳を考えなければならないということが示唆されているようですね。

方略が影響を与える範囲

ヴィネイとダルベルネによると、上の表に示した一般的翻訳方略は「語彙」「統語構造」「メッセージ」の3つのレベルで作用するとされています。

一般的翻訳方略の3つのレベル

「語彙」は単語、「統語構造」は言語の規則によって配列された単語の構造のことを指します。これらに対して「メッセージ」というのは発話とその(メタ言語的)状況または文脈のことを指します。そして、語彙以上のレベルの影響を見るために「語順と主題構造」や「接続語句」へ目を向けて分析するとしています。

まとめ

  • ヴィネイとダルベルネは翻訳の手順と方略として「一般的翻訳方略」を提唱した。
  • 「一般翻訳方略」は直接的と間接的に分けられ、間接的翻訳は直訳が不可能と判断された場合に適用される。
  • 方略の適応のパラメータとして義務的な「隷属(Servitude)」とスタイルや選好による「選択(Option)」がある。
  • 方略は「語彙」「統語構造」「メッセージ」の3つのレベルで作用する。

Nanami

古典的モデルで、prescriptiveな視点からの分析ではありますが、descriptiveな視点からの研究で検証・応用しうる重要な概念だと言えるでしょう。

参考文献

References

1 Vinay, J. P. & J. Darbelnet. (1958/1995, 2nd edition 1977) Comparative Stylitics of French and English: A Methodology for Translation, translated and edited by. Sager, and

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